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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)1166号 判決

原告

東内健吾

東内マサ子

右両名訴訟代理人

安倍治夫

被告

日産自動車株式会社

右代表者

岩越忠恕

石原俊

右訴訟代理人

井本台吉

長野法夫

宮島康弘

熊谷俊紀

布施謙吉

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対しそれぞれ金四一七九万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五〇年二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

(一) 原告東内健吾(以下「健吾」という。)及び同東内マサ子は亡東内健一郎及び亡東内瑞枝(以下、それぞれ「健一郎」「瑞枝」という。)の実父母である。

(二) 被告は後記2の車両を設計製造した者である。

2  自動車火災の発生

(一) 被告は、昭和四六年春頃、四六年式ダットサン・トラック五二一型小型貨物自動車を設計製造した。

(二) 健吾は、佐賀県小城郡牛津町において鮮魚販売業を営むものであるが、昭和四六年三月二三日右車種に属する自動車(車台番号五二一―五二五三六四、登録番号佐四の四七二五、以下「本件車両」という。)を被告系列の自動車販売業者である佐賀日産自動車株式会社から新車として購入し、以後通常の用法に従つてこれを運行の用に供していた。

(三) 火災の発生

(1) 健吾は、昭和四七年四月二七日午前一一時一五分頃、正規の仕業点検を行つた後、本件車両の助手席に健一郎(昭和四四年七月三日生、当時二才九か月)及び瑞枝(昭和四六年四月一三日生、当時一才)を乗せて自宅を出発した。そして、健吾は、約七〇〇メートル走行(この間一度商品を得意先に届けるため停車)の後、午前一一時二五分頃佐賀県小城郡牛津町大字牛津八九二番地藤瀬冬紀宅先道路左側に一時停車し、エンジンスイッチを切つてエンジンの回転を止めたうえ、キーをスイッチに差し込んだままで、健一郎及び瑞枝を車中に残し、商品を得意先に届けるため、短時間(約三分ないし五分くらい)本件車両を離れた。

(2) この間に本件車両内で火災(以下「本件火災」という。)が発生(火災の発見は同日午前一一時二八分頃)し、瞬時にして室内に燃え広がつたため、助手席附近にいた健一郎及び瑞枝は皮膚の相当部分を焼損する第二度熱傷の重火傷を負い、これにより瑞枝は同日午後九時四〇分頃、健一郎は同月二九日午後一〇時五〇分頃、いずれも久留米市内久留米大学附属病院において、広範囲火傷及び急性循環不全により死亡した。

3  本件火災の原因

本件火災は、次のとおり、本件車両の右側フロントピラー(右前支柱)及び運転席右側上部のルーフレール内を経てルームランプ(車内灯)に至る電気回路中に漏電、短絡が生じ、過大電流が流れた結果配線が過熱したために発生したものである。

(一) 電気回路について

(1) 本件車両の電気回路中C回路とは、シガレットライター・ラジオ受信機及びルームランプ等に電流を供給する回路で、回路図は別紙1のとおりである。そして右回路はエンジン点火用電気回路とは別個独立の配電系統に属するから、エンジンスイッチを完全に切つた場合においても独自に通電されうる。この回路の電源は約一二ボルトの蓄電池である。

(2) C回路の各負荷に流れる電流がすべて同一回路を通る部分(すなわちC回路中のヒューズからルームランプ回路と他の負荷用回路との分岐点に至る根幹回路部分―別紙1の赤線部分)には、平常時に最大約一二アンペアの電流が流れる。

ルームランプ配線(別紙1の青線部分、以下「本件配線」という。)には平常時に最大約0.5アンペアの電流が流れる(この場合の電圧は約一二ボルト、ルームランプは六ワット)。

(3) 本件配線はルームランプ取付部から右側(運転席側)ルーフレール、右側フロントピラーを経てサイドパネルに至つており、ルーフレールとフロントピラーの接点付近にサンバイザー取付基部がある(別紙2のとおり)。

(4) 本件配線には、JIS―C三四〇六の規定する公称断面積0.5平方ミリメートルの自動車用低圧電線(直径0.32ミリメートルの細線七本をより合わせたもの)が使用され、C回路には定格電流値一五アンペアのヒューズ(以下「本件ヒューズ」という。)が使用されていた。

(5) 本件配線の陰陽両心線の周囲をそれぞれポリ塩化ビニル被覆材が覆い、さらにその周囲を厚さ0.5ミリメートル、外径0.8ミリメートルのビニルプロテクターが覆つていた。

(6) 本件配線の配索されているルーフレール、フロントピラー及びサンバイザー取付基部並びに本件配線の各断面(本件配線の内部での位置は除く。)は別紙3の1ないし3のとおりである。

(二) 本件火災の発火点及び発火から炎上までの経過。

(1) 本件配線のうち、サンバイザー取付基部附近(この部分が第一次発火点であつた可能性が最も大きい。)、天井右上附近、右側フロントピラー附近及びルームランプ附近等のうち一ないし数か所の温度が相前後して発火点に達して、周囲可燃体に着火した。

(2) さらに、同配線中に無数の発熱発火点が瞬時に続発し、電線被覆材及びこれを接着するように覆つていた室内内装材(発泡ラテックス及びビニルレザー等の可燃物)を燃焼着火させた。

(3) そしてこの火災は右内装材の易燃性と相まつて瞬時に車室内に燃え広がつた。

(三) 本件配線が発火に至るまでの経過

(1) 本件配線中3(二)(1)記載の発火点附近において、次のいずれかを原因とする電線被覆材の損傷劣化が生じていた。

(ア) サンバイザー取付ビスの位置が本件配線の通路に異常に近接していたため、次の(ⅰ)ないし(ⅲ)によつて被覆材が損傷した。

(ⅰ) ビス取付穴の穿孔作業に際し、ドリル先端がビニルプロテクター及び被覆材に接触した。

(ⅱ) 仮に、工程がビス取付穴穿孔、配索、ビス取付の順番であつても、右ビス取付に際し、ビス取付穴に付着している塗料などの夾雑物を除去するために鉄製ビスのねじ込みやタップ(ねじ切り用ドリルの一種)を用いる作業があるので、この時、これらの工具の先端がビニルプロテクター及び被覆材に接触した。

(ⅲ) サンバイザーの取付ビスの金属先端が本件配線の直近位置につき出ているため、静止時には若干距離があつても、走行中のビビリ振動によつて金属先端とビニルプロテクター及び被覆材が数万回あるいは数十万回接触した。

(イ) 配索工程においてしばしば狭い空間に電線を引き通したが、被覆材の耐久性が不十分で、ビニルプロテクターも柔かく起伏のある材質であつたから、右配索に際しビニルプロテクター及び被覆材を損傷した。

(ウ) 配線が各所で狭い金属の密閉空間を通つて架設されていたため、被覆材が干渉、過熱等により損耗劣化していた。

また塩化ビニルは耐熱性が乏しく、その温度が摂氏(以下「C」で示す。)二〇度から三九度Cに上昇しただけで絶縁抵抗は一〇分の一に減少し、六五ないし八五度Cで軟化し、一五〇度Cを越えると熱分解が進行する。本件配線は屋根の直下にあり、炎天下の高温等によりその絶縁性劣化が進行し導体化していた。

(2) 右(1)の被覆材の損傷劣化が生じていた部分において繰り返し瞬間的な短絡が生じ、その際の極微的スパーク、二〇ないし二二アンペアの通電(但し短時間なので電流のわりには通電量が少なく、ヒューズが溶断しない。)による発熱を受けた被覆材は、損耗劣化、質的変化によりその絶縁性が漸時低下し、ついにグラファイト化して導体化した(金原現象)。

(3) そして本件火災直前、右部分において顕著な短絡(回路を形成する陰陽二電線間の絶縁を予定された部分において電流が漏流すること)を生じた。まずヒューズが溶断しないまま22.5ないし二三アンペアの過大電流が流れた。次いでこれによる絶縁性の急激かつ飛躍的な低下を媒介として、回路内過大電流量はさらに急激に増大して二七アンペア程度に至り、最終段階においては、瞬間的に約五〇アンペアにも達し、その直後に本件ヒューズが溶断した。

これら各段階の過大電流の通算時間は長くとも二分ないし三分程度である。

(4) 右のような過大電流により、まず電線外表温度は約一四〇ないし一七〇度Cに過熱し、これによつて被覆材の急速な化学変化が生じ、次いで短絡の急速拡大に伴う高熱(局部的には五〇〇度Cを越える。)が発生した。

その結果、3(二)(1)の発火に至つた。

(5) なお、本件火災当時の配線の周囲温度は、

(ア) 接着周囲温度(被覆材の電線本体への接着内側面の温度)は短絡直前において約七〇ないし八〇度C

(イ) 直近周囲温度(ビニルプロテクター管内の温度)は約四〇ないし五〇度C

(ウ) 周辺周囲温度(近接大気温度)は約一八ないし三二度Cと推定される。

4  被告の責任

(一) 注意義務の基準について

自動車における電気設備の設計に関する確立された電気技術上の基準の体系としては、最も基本的な準則を定めたものとして電気技術規程及びその一部である内線規程があり、また電気設備関係を含む工業製品の規格として日本工業規格(JIS)があり、さらに自動車業界における団体(自主)規格として社団法人自動車技術会による規格(JASO)がある。わが国では明治以来、電気施設に関する技術上の法規として「電気工作物規程」が権威を持つていたが、昭和三九年「電気事業法」の公布に伴い、昭和四〇年六月電気施設に関する各種技術基準が制定され、「電気工作物規程」は「電気設備に関する技術基準を定める通商産業省令」に吸収された。そして前記「電気技術規程」は電気事業法下のすべての現行省令及び関連通達等を要約整備した最も権威ある民間自主基準であり、その使用設備編である前記「内線規程」のうちヒューズ及び安全電流に関する基準は、実務家の間では自明の基本準則として久しく常識化していたものである。また、前記JISは適宜必要に応じて電気技術規程及び内線規程に引用され、電気技術基準体系の一部をなしている。

ところで、自動車には、形式的には電気事業法、内線規程の適用がいずれも除外されているが、自動車といえども電気設備の一環である以上、電気事業法、電気技術規程、内線規程、JISの定める安全基準の原則及び思想は、第一次的に適用されるべきである。そして前記JASOは、自動車の高速度輸送機関としての特性に応じて、より精密な技術的配慮を加えた特別法的な細則的基準であるから、前記各基準、規格をより厳格にする方向でのみ第二次的に考慮されるにすぎない。

これを要するに右各基準、規格は、いずれも専門技術者の守るべき最小限度の注意義務を規定したものであるから、自動車製造者としても電気技術の適用領域に関する限り、これらに違反することは専門家として業務上遵守すべき注意義務の懈怠(過失)にあたるというべきである。

(二) 本件車両の設計、製造上の欠陥

(1) 本件配線の容量不足

(ア) C回路には3(一)(4)のとおり定格電流値一五アンペアのヒューズが使用されていたから、非常時(短絡、漏電等により回路に過大電流が流れる場合)においては本件配線に平常時の0.5アンペアをはるかに越える過大電流(たとえばヒューズの定格電流値一五アンペアの1.5倍に相当する22.5アンペア以上の電流)が流れる可能性があつた。そして現に本件火災においてはそのような過大電流が流れたのである。

よつて、被告としては、もし定格電流値一五アンペアのヒューズを使用するのであれば、右過大電流を考慮して本件配線にもそれに耐えうる程度の太い電線、すなわち管内配線における許容電流値が25.4アンペアであるJIS―C三四〇六の公称断面積2.0平方ミリメートルの自動車用低圧電線を用いる必要があつた。

なお、JASO―D六一〇(ヒューズ及びヒュージブルリンクとその回路、昭和五〇年六月一八日制定)によつても、ヒューズの定格電流値が一五アンペアの場合には、電線の公称断面積は周囲温度七〇度Cのとき0.85平方ミリメートル以上であることが要求されている。

(イ) しかるに、本件配線に使用されたJIS―C三四〇六の公称断面積0.5平方ミリメートルの自動車用低圧電線の許容電流値(当該電線に大きな温度上昇を伴うことなく流しうる電流の安全限界値)は、内線規程一三〇節一―四表に基づいて計算すると、

(ⅰ) がいし引き配線(がいしを使つて開放空間に布設する配線方法で、放熱性がよい。)の場合、11.3アンペア

(ⅱ) 管内配線(管やダクトの中に何本かをまとめて布設する配線方法で、放熱性が悪い。)の場合、7.4アンペア

である。ところで、本件配線は車内の放熱効果の悪い場所に周囲をビニルプロテクターで管状に覆つた状態で設置されたものであるから、管内配線であり、許容電流値は7.4アンペアもしくはそれ以下であつた。

さらに、JASO―D六〇九―七五(昭和五〇年六月一八日制定、自動車用電線の電気容量に関する規格)によれば、公称断面積0.5平方ミリメートルの自動車用低圧電線は周囲温度七〇度Cで二〇アンペアの電流が六〇秒流れると発煙するとされている。

(ウ) このように本件配線に使用された前記電線は許容電流値が低く、容易に発煙発火しやすい欠陥を有していたため、過大通電による本件配線の過熱、発煙、発火が生じた。

(2) 本件ヒューズの容量の過大

(ア) JISの定義によれば、ヒューズとはその一部をなす可溶体に過電流が流れることによりそれ自身の発生熱で溶断して回路を遮断し、これによつて回路を自動的に過電流から保護する仕組をいう。

(イ) 本件ヒューズはJIS―C八三五二(配線用ヒューズ及びホルダ通則)の表五のB種ヒューズ(最小溶断電流が定格電流値の一三〇パーセントと一六〇パーセントの間にあるもの)に該当する。ただし自動車用ヒューズについてはJASOに、より詳細な各論的細則規定があるが、これは総論的規定としてのJISをふまえたものであつて、JISの原則を排除する趣旨ではないから、JASO中にJISと抵触するヒューズ分類規定がない限り、JISのB種ヒューズの定義は本件ヒューズにもそのまま適用される。

(ウ) B種ヒューズの定格電流値と配線材料の関係については、内線規程一五〇節の九に定められている。同規程によればB種ヒューズの定格電流値は回路の他の部分の許容電流値以下とされているが、これは過電流の通電によりヒューズが一番早く溶断するのでなければ、回路を過電流から保護できないからである。

(エ) 本件車両のC回路中許容電流値の最も低いのは本件配線であり、その値は前記のとおり7.4アンペアである。したがつて内線規程によれば本件ヒューズの定格電流値は7.4アンペア以下とすべきであつた。

(オ) ところが本件ヒューズの定格電流値は一五アンペアであり、この場合、JIS―C八三五二によれば、その溶断性能は定格電流値の一五〇パーセント(22.5アンペア)の通電で六〇分以内に、二〇〇パーセント(三〇アンペア)の通電で二分以内にそれぞれ溶断すればよいとされている。このように本件ヒューズは、22.5アンペアを越える過大電流が流れるまでは溶断しないものであつたため、本件配線に反覆的に小規模の漏電が生じても溶断せず、電線被覆材の化学変化をもたらした。

(3) 電線被覆材の防護不足等

車両の設計製造にあたつては、配線の漏電ないし短絡の原因になる電線被覆材の損傷、摩耗、劣化等の絶無を期するため細心の配慮をなすべきである。しかるに本件車両については3(三)(1)記載のとおり、本件配線の位置、配線工程及び被覆材の防護等において、被覆材が損傷しやすい設計製造がなされていた。

(4) 室内内装材の耐火性不足

およそ自動車の運転室内の内装材は、火災における延焼被害等を最少限にするため、できる限り難燃性の物質を用いることが要請され、今日では内装材の延焼速度を毎分四インチ以下にすることが文明国での自動車内装設計の合理的基準とされている(とくに自動車火災発生の頻度が高い現状にあつては当然の基準とされている。)。右基準に反することは直ちに法規違反としての過失を構成するものではないが、本件車両のように前記(1)ないし(3)の欠陥を内蔵するものにあつては、被告は難燃材を使用すべき特別の注意義務があつたし、また自動車技術界の安全性に関する良識(必ずしも公的な法規として制定されるに至つていないとしても)に基づいても右のような注意義務は認められるものであつた。

にもかかわらず、被告は延焼速度が右の基準をはるかに越える易燃性の合成樹脂材を内装材として使用したものであつて、この過失により、本件火災に際して火が瞬時に室内に燃えひろがり、健一郎及び瑞枝は死に至る火傷を負つたのである。

(5) 純正部品ヒューズの欠陥

被告は、JASOによらず、社内規格をもつて、いわゆる純正部品の品質を規定し、その使用をユーザーに推奨しているところ、本件ヒューズと同種の日産純正部品ヒューズを無作為抽出法により試験してみると、被告の社内自主規格たる日産規格(定格電流値の一五〇パーセントの通電で一五秒以内に溶断)の要件すら満たさないものが四〇パーセントも存在した(五〇個についての通電試験結果)。

このような基準を満たさない危険なヒューズを使用していたこと自体、それによる事故の発生が容易に予想できたものである以上、被告の重大な過失(未必の故意に近い)を構成する。またヒューズの製造者が被告自身でないとしてもそれが日産純正部品として被告の推奨にかかるものである以上、被告は本件ヒューズの受入れ検査等において十分に品質性能(安全性能)を検査する義務があるのに、これを怠つた過失を免れえない。

5  損害〈以下、省略〉

理由

一当事者の地位について

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二自動車火災の発生について

1  請求原因2(一)のうち、被告が四六年式ダットサン・トラック五二一型小型貨物自動車を設計し、昭和四六年春頃、製造したことは当事者間に争いがない。

2  同2(二)のうち、佐賀県小城郡牛津町において鮮魚販売業を営む健吾が、昭和四六年三月二三日、本件車両を被告系列の自動車販売業者佐賀日産自動車株式会社から新車として購入したことは当事者間に争いがない。また、〈証拠〉によれば、同人は、本件車両購入後これを右営業等のため通常の用法に従つて運行の用に供して、本件火災当日に至つたこと及びその間の総走行距離は約二万四〇〇〇キロメートルであつたことが認められる。

3  同2(三)(火災の発生)について

(一)  同(1)の事実については、〈証拠〉によれば、出発前に正規の仕業点検を行つた事実を除いて(右事実はこれを認めるに足りる証拠はない。)、これを認めることができる。

また〈証拠〉によれば、同(2)の走行開始後、同人は特に本件車両に異常を感じなかつたこと及び同人が本件車両を離れた際本件車両の運転台のドアは両側とも閉じていたことが認められ、〈証拠〉によれば、本件火災当時右運転台の窓は運転席側は閉じており、助手席側は開いていたことが認められる。

(二)  同(2)の事実のうち、健吾が本件車両を離れていた間に本件車両内で本件火災が発生したこと及び本件火災による火傷により瑞枝は昭和四七年四月二七日午後九時四〇分頃、健一郎は同月二九日午後一〇時五〇分頃、いずれも久留米市内久留米大学附属病院において広範囲火傷による急性循環不全で死亡したことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、本件火災の発見は午前一一時二八分頃であること、同人が本件車両に戻つた時窓から激しく黒煙が吹き出していたことが認められる。

三本件火災の原因について

1  請求原因3(一)(電気回路について)の事実は当事者間に争いがない。

2  発火点の推定

(一)  〈証拠〉によれば、本件車両の焼損状況につき次の(一)ないし(五)の事実が認められ、〈証拠〉のうちこれに反する部分は採用できない。

(1) エンジンルーム内には燃焼の形跡はない。

(2) シート座部及び背部は全体に焼損しているが、特に座部は運転席側が、背部は中央部の焼損が激しい。

(3) 天井内張り材は全部焼け落ちている。

(4) 床部内装敷マットは火はかぶつているが焼損が少なく、その上にあつた靴・サンダル等は原形をとどめている。全体にシートより下の部分の焼損が少ない。

(5) インストルメントパネルは運転席からみて手前が焼損しているが、左右に差はない。

(二)  右(一)の事実によれば、車内座席中央部から運転席側にかけてシート座部より上方(シート座部表面を含む)の焼損がもつとも激しく、消火方法による延焼の仕方の差異等を考慮すると断定はできないが、発火点はこの範囲内であつた可能性が強い。

そして、原告らは本件火災の原因につき、右範囲内に存在する本件配線(ルームランプ配線)の短絡による発火であると主張するので、以下これにつき、(一)焼損状況等からみた本件配線の発火の有無、(二)車両構造・電気回路上の本件配線発火の可能性、(三)他の原因の可能性の順に判断する。

3  焼損状況等からの検討

(一)  〈証拠〉によれば、本件配線関係の焼損状況について、次の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

(1) 本件配線のうちサンバイザー取付基部附近(右側ルーフレールと右側フロントピラーの接点附近)からルームランプまでの右側ルーフレール内を通過している部分は、ビニルプロテクター及び被覆材が完全に焼損し裸線となつており、右側ルーフレール内の天井内張り材はその下部が完全に焼失し、鉄板が露出していた。

(2) 本件配線のうちサンバイザー取付基部附近から右側フロントピラー内を通過し電源側に向かう部分は、ビニルプロテクター及び被覆材が残つており、サンバイザー取付基部側約三八センチメートルはビニルプロテクター及び被覆材に焼損があるが、その余の部分には焼損及び心線の移動はない。

(3) ヒューズボックス内の六本のヒューズのうち、C回路ヒューズ(本件ヒューズ)のみが溶断していた。

(4) 本件配線の全部または大部分が警察の捜査段階における鑑定に供され、かつ宮前正一の調査を受けたが、いずれにおいても、資料とされた部分からは電気的溶融痕は発見されていない。

(二)  右(一)の(1)ないし(4)の焼損状況及び前記二の3の本件火災発生状況につき各別に検討すると、

(1) (一)(1)(本件配線ルームランプ側の焼損状況)及び同(2)(同電源側の焼損状況)に関し、証人宮前は第一にルーフレール外からの延焼によつては(一)(1)のように完全に燃焼することはないから本件配線から発火したものである旨、第二に本件配線電源側部分に心線の硬化が認められた旨証言する。

しかしながら、第一の点については〈証拠〉によれば、電線に過大電流が流れた場合通常は通電部分の被覆材、ビニルプロテクターの一部のみが溶融等することはないことが認められるから、ルームランプ側部分が発火する程の電流が流れたのに電源側に全く健全な電線が残るとは考え難く、また、〈証拠〉によれば、本件車両と同型車で実験を行つたところ、ルーフレール内で点火した場合には車室内に延焼せずに鎮火したのに対し、車室内で点火した場合には火災の結果ルーフレール内の電線の被覆が焼失したことが認められるから、この点に関する証人宮前の前記証言はにわかに信用できない。そして宮前報告書によればルームランプ側のルーフレール内配線は天井内張り材と近接している(接着してはいない)ことが認められるから、この事実からすれば、むしろ本件配線の右部分は天井内張り材からの延焼及び下方からの火災熱によつて焼損しえたが、電源側のフロントピラー内からハーネスに至る部分は天井内張り材等可燃物と近接していないので、単にサンバイザー取付基部側の一部がルーフレール内の配線等から延焼したにとどまつたと考える方が自然とも言える。

また、第二の点についても、仮に心線の硬化が存在したとしても、後に述べる本件火災発生後の本件配線の短絡電流によるものとも考えうる。

したがつて、(一)(1)、(2)の事実をもつて本件配線からの発火であると断定することはできない。

(2) (一)(3)(本件ヒューズの溶断)が本件配線の短絡によるものであることは当事者間に争いがないが、この短絡が原告主張の本件火災前の陽極線と陰極線の二線間ショートと、被告主張の本件火災発生後の被覆材の延焼によるボディーショートのいずれであるかは、溶断の事実のみからは明らかでない。この点に関し、〈証拠〉によれば、本件ヒューズがまつすぐのまま切れている点及びヒューズガラスが汚れていない点において、22.5ないし27.5アンペアの電流によつて溶断した鑑定資料ヒューズの溶断状況とは異なることが認められ、また〈証拠〉によれば、小電流で長時間かかつて溶断した場合はヒューズの曲折が大きく、大電流で瞬断した場合はこれが小さい傾向があることが認められる。右各事実からすれば、本件ヒューズの溶断状況は原告主張(請求原因3(三)(3))の電流による溶断よりも、むしろ定格電流値一五アンペアをはるかに越える大電流によつて瞬断した可能性を示唆するものと言える。

(3) (一)(4)(電気的溶融痕の不存在)については、右(2)のとおりいずれかの時点で本件配線に短絡が生じたはずであるから、右事実をもつて前記事実欄三被告の主張1(一)(3)のごとく本件火災前の短絡の不存在の理由とすることはできない。

(4) 前記認定二の3のうち健吾が本件車両を離れていた約三分ないし五分の間に本件火災が発生し、健一郎らを焼死せしめる程炎上した点について、証人宮前は短絡による火災でなければ右のような急速な炎上は生じえない旨証言するが、右証言は〈証拠〉に照らしたやすく信用できず、その他炎上速度についての具体的な証拠はないので、前記の炎上状況は電気系統からの発火とする根拠としては不十分である。

以上のように右各事実はいずれも電気系統からの発火であることを推認させるものではなく、これら本件火災及び本件車両焼損状況を総合しても、これらの事実だけから本件火災が本件配線からの電気火災であつたと推認することはできない。したがつて次に本件車両の構造・電気回路上の電気火災の可能性を検討する。

4  本件配線の短絡可能性

(一)  ボディーショートと二線間ショート

当事者間に争いのないC回路回路図(別紙1)並びに証人宮前及び同佐々井の各証言によれば、本件配線において別紙1のAまたはA及びBに短絡原因が生じた場合の短絡電流の流れは次のとおりである。

(1) バッテリー―A―ボディー―バッテリー(以下これを「ボディーショート」という。)

ドアスイッチ及びルームランプスイッチはオフでも成立する。

(2) バッテリー―A―B―C―ルームランプ側車体アースーバッテリー

ルームランプスイッチがオンの場合にのみ成立する。

(3) バッテリー―A―B―D―ドアスイッチ側車体アースーバッテリー(以下(2)及び(3)を「二線間ショート」という。)

ドアスイッチがオンの場合にのみ成立する。

(二)  想定される短絡原因

原被告の主張及び本件各証拠によれば、本件配線の短絡原因となりうるものとして検討すべき事項は以下のとおりである。

(1) 請求原因3(三)(1)の被覆材及びビニルプロテクターの損傷による心線の一部の露出ほつれ

(2) 請求原因3(三)(1)(ウ)の炎天下の高温等による被覆材の絶縁性劣化

(3) 右(1)の露出した心線の一部において微小スパークが繰り返し発生したことによる露出部分の拡大

(4) 金原現象の発生

(三)  (二)(1)(心線の一部の露出・ほつれ)の可能性について

〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、この認定に反する〈証拠〉は採用できない。

(1) 本件配線がフロントピラー及びルーフレール内で配索されるべき位置は別紙3の1ないし3のとおりであるが、同位置に固定されてはいない。また、サンバイザー取付基部はルーフレール上フロントピラーとの角より約七センチメートルのところにある。

(2) 本件車両製造当時(昭和四六年頃)同車種のサンバイザー取付、塗装及び本件配線配索作業の工程順序は概ね次のとおりである。

(ア) ボディー製造。この段階で、あらかじめサンバイザー取付穴を穿孔し、かつめねじを切り込んだナットをナットリテーナとともに車体に溶接しておく。

(イ) ボディー塗装及び本件配線の配索。

(ウ) サンバイザーのビスによる取付け。

右工程によれば、サンバイザー取付穴の穿孔作業またはめねじ切り込みのためのタップ作業による本件配線の損傷はありえない。

(3) ボディー塗装は、下塗りは電着塗装法、上塗りは吹き付け塗装法で行う。膜厚は約七〇ミクロンであつて、ビス取付穴に目詰まりがおこる程ではなく、サンバイザー取付時に塗装かす除去のためのタップを用いる作業はしていなかつた。したがつて、右作業による本件配線の損傷はありえない。

(4) 配索方法は、フロントピラー内は、あらかじめ通したガードワイヤーに本件配線をひつかけてガイドワイヤーを引つ張つて行うが、簡単に通過する。ルーフレール内は天井張り材を張る前に天井とルーフレール間のすき間(約一五ミリメートル)から指で押して入れる。

そして別紙3の1ないし3のようなフロントピラー及びルーフレール内の広さと本件配線の太さを対比すれば右配索工程において本件配線を損傷する可能性はほとんどない。

(5) サンバイザー取付ビスのねじしめ作業はエアードライバーで行う。右ビスの先端は平らで、ねじをしめた後のナットリテーナからの突出は三ないし四回転分、二ないし三ミリ程度である。

本件配線が配索工程において完全にルーフレール底部まで降りずナットリテーナ附近にとどまつている場合には、右ねじしめ作業に際し、回転しながら突き出てくるビスに本件配線が接触する可能性があるが、突出部分はわずかであること、ビニルプロテクターの保護があること及び接触に対し配線は逃げる可能性が強いことからすれば、ビスが被覆材を損傷し心線の露出・ほつれを生じさせる可能性は低い。

(6) 前記(1)のとおり本件配線は固定されておらず、たるみがないとは言えないことから、走行中の振動によつてナットリテーナやビス突出部分に繰り返し接触する可能性はあるが、前記(5)の事実に照らせば、これがビニルプロテクターや被覆材を損傷し、心線のほつれにまで至らせるには相当の長期間を要すると考えられる。したがつて、本件火災(新車として購入後約一年、総走行距離約二万四〇〇〇キロメートル)より前に、本件配線の心線の露出・ほつれまで至る可能性はそれ程高いとは言えない。

(7) 以上のとおり(二)(1)のうち右(5)(6)の可能性はあるものの、いずれも高いものとは言えない。しかも、〈証拠〉によれば、単に心線の一部が露出し、ほつれた部分においてボディーショートまたは二線間ショートが生じても、これによつて直ちに原告主張のような本件火災につながる継続かつ大規模な短絡電流が流れることはなく、これが流れるためにはさらに短絡可能部分の拡大が必要であることが認められる。

(四)  (二)(2)(被覆材の絶縁性の劣化)の可能性

本件全証拠に徴しても右の可能性を示す資料は見出せない。むしろ〈証拠〉によれば、JASO―D六〇九―七五においては自動車用ビニル絶縁低圧電線の絶縁体は六〇度Cを一〇年間または八〇度Cを一万時間経るまでは熱劣化によつて使用に耐えなくなることがないものとされていることが認められ、また本件配線に通常の0.5アンペアの電流が流れたとしてもその通電時間及びこれによる温度上昇はわずかと考えられるから、仮に本件配線が炎天により八〇度C程度に熱せられ、同時に右電流が流れたとしても、被覆材が導体化する程の絶縁性の劣化は生じえないと考えられる。したがつて(二)(2)が短絡の原因となる可能性は認められない。

(五)  (二)(3)(微小スパークの繰り返しによる露出部分の拡大)の可能性

証人宮前は、本件配線において(二)(1)によつて心線が露出しほつれた部分が繰り返しボディーと接触してボディーショートを起こし、その都度発生する小スパークにより被覆材の破壊が進行し、ついに被覆材の欠落、心線相互の接触に至つて二線間ショートが生じ二〇アンペア程度の電流が継続的に流れた可能性がある旨証言する。

しかし〈証拠〉によれば、仮にボディーショートが発生した場合、屋内配線の漏電と異なり接地抵抗が小さいため相当の電流が流れるので、ほつれた心線がボディーに接触しても先端が焼け切れ、以後接触しなくなる可能性があること、また心線の大部分がボディーに接触すればこれに溶着して大電流が流れる可能性があることが認められ、右各可能性に照らせば、仮に心線の一部が露出しほつれていたとしても、証人宮前の右証言にあるような右部分においてボディーショートが繰り返し発生したり、短絡により二〇アンペア程度の電流が継続的に流れたりする可能性は高いとは言えない。そして他に(二)(3)の可能性を示す資料はない。

(六)  (二)(4)(金原現象)の可能性は6において検討する。

5  短絡電流が流れた場合の発火可能性

(一)  想定しうる発火形態

原被告の主張及び本件各証拠によれば本件配線に短絡電流が流れた場合、これにより発火する形態としては次の四つが考えられる。

(1) 心線を流れる短絡電流により発生したジュール熱で被覆材が高温化し、

(ア) 被覆材自体が発火温度に達して発火する、

(イ) 被覆材が引火温度に達してスパークにより引火する、

(ウ) 被覆材が分解温度に達して可燃性ガスを発生し右ガスがスパークにより引火し、さらに被覆材等が引火する。

(2) 導体化した被覆材に短絡電流が流れ、被覆材の通電部分が高熱化して発火する(金原現象)。

(二)  本件配線における(一)(1)(ア)ないし(ウ)の可能性

(1) 本件配線の周囲温度

〈証拠〉によれば、本件火災直前に健吾が本件車両を降りた当時の本件車両のフロントピラー内及びルーフレール内の気温は高くとも約三〇度C前後であつたと認められるから右時点における本件配線ビニルプロテクター内温度及び被覆材の心線への接着内側面温度も同様であつたと推認され、右認定に反する証拠はない。よつて以下これを前提に短絡による発火可能性を検討する。

(2) 本件配線の被覆材及びプロテクターの材質がポリ塩化ビニルであることは当事者間に争いがない。また、〈証拠〉によれば、ポリ塩化ビニルの燃焼特性は分解温度二〇〇ないし三〇〇度C(この分解に際し可燃性ガスが発生する。)、引火温度三九一度C、発火温度四五四度Cであることが認められる。

(3) 〈証拠〉によれば、被告において実施した本件配線と同種の新電線(ビニルプロテクター付)の昇温特性実験の方法及び結果は次のとおりであつたことが認められる。

(ア) 方法  通電部分 単線、開放空間 雰囲気温度 三〇度Cで一時間通電、

(イ) 結果(一時間通電後の導体(心線)温度及び電線変化)

(ⅰ) 二〇アンペア 一三六度C 表面軟化するも変形なし。

(ⅱ) 22.5アンペア 一六五度C可塑剤発散、表面の軟化進行するが溶融しない。

(ⅲ) 二五アンペア 一九〇度C 溶融・変形・刺激性ガス等の発生を伴う。

なお、(ⅱ)で発散する可塑剤とは被覆材に含まれているもので、不燃性である。(ⅲ)の刺激性ガスは被覆材の熱分解によつて生じる可燃性ガスである。また二五アンペアを三分間通電した後の導体温度は一六五度Cである。

(4) 〈証拠〉によれば、(3)と同様の方法により、二〇アンペア三〇分間、その後三分間に五〇アンペアまで上昇させた通電実験において最終的には発煙、溶融、導体露出に至つたが、発火はしなかつたことが認められる。

(5) 〈証拠〉によれば、クロロプレンゴムコードでの同種実験では、異常な加熱等を経ていないコードでは被覆温度二一〇度C附近から塩化水素の発散を生ずるが、五〇〇度Cに至つても発火しないことが認められる。

(6) 鑑定結果によれば、被告の純正部品一五アンペアヒューズ五〇本の溶断試験において、半数以上は22.5アンペアの電流で一五秒以下で溶断し、最長でも、22.5アンペア二分、二五アンペア二分、27.5アンペア三九秒の連続通電によつて溶断したことが認められる。本件火災において本件ヒューズが溶断したことは当事者間に争いがないから、想定すべき短絡電流(量及び時間)は右のようなヒューズの溶断しない限度の電流で足りる。

(7) 右(3)及び(4)の各実験と異なり、本件配線はルーフレール及びフロントピラー内に位置し、また本件車両は本件火災までに約一年間の使用を経ている。しかし、前者については、別紙3の1ないし3によればルーフレールとフロントピラーの内容積は電線径に比べて必ずしも小さくないこと及び前記3(二)(1)で認定したように天井内張り材は本件配線に接着しているわけではないことに鑑みれば、開放空間に置かれた場合に比べて大きな差があるとは認めがたい。後者については、約一年間の使用が電線被覆材及び天井内張り材の燃焼特性を低下させるか否かは明らかでない。

(8) 右(1)ないし(7)の事実によれば、仮に本件配線に短絡が生じたとしても、導体の昇温特性と被覆材等の燃焼特性の比較による限り、右(6)の範囲での短絡電流量及び通電時間によつては、被覆材が心線に生ずるジュール熱によつて自ら発火したり(前記(二)(1)(ア))、スパークにより引火する(同(イ))可能性はほとんどないと言える。また、同(ウ)についても、右同様の比較によれば可燃性ガス発生の可能性は高いとは言えず、しかもどのような場合に可燃性ガスがスパークにより引火するかは明らかでないので、可燃性ガスがスパークにより引火する可能性が高いと言うことはできない。

(9) この点に関し、

(ア) 宮前報告書には本件配線と同種新電線による発火実験において、(ⅰ)五〇アンペアの通電により電線表面温度二〇〇度C程度に達し発火した旨、(ⅱ)二二アンペア五ないし六分の通電により溶融発煙し、短絡による局部的スパークがあると発火する旨の各記載がある。しかし、(ⅰ)については添付写真によつても発火の有無は明らかでないこと及び(ⅱ)については、発煙溶融の状況が明らかではなく、発煙物質が前記(3)の可塑剤であつて可燃性ガスではない可能性もあること並びに前記(2)、(5)の事実との対比並びに証人宮前の証言によつて認められる同実験には同人は立会つていない事実及び同実験ではフォームウレタンを電線に接着させて覆つている事実からすれば、宮前報告書の前記記載は採用することはできない。

(イ) 請求原因4(二)(1)(イ)のJASO―D六〇九―七五解説において、公称断面積0.5平方ミリメートルの自動車用低圧電線は周囲温度七〇度Cで二〇アンペアの電流が六〇秒流れると発煙すると解説されていることは当事者間に争いがない。

しかし、〈証拠〉によれば、同規格では、許容電流を越えるが電線の再使用は可能である電流の限界値(限界過電流)を定めるにあたつて「発煙」状況を基準としたこと、右「発煙」開始直後では絶縁体はほとんど熱劣化しないと考えられていること、したがつて右「発煙」とは直ちに発火に結びつく意味ではなく不燃性の可塑剤の発散であることが認められる。右事実によれば、同規格の解説も、発火可能性の根拠とはならない。

6  金原現象の可能性(前記4(二)(4)及び5(一)(2))

(一)  金原現象の意義

〈証拠〉によれば、金原現象とは有機絶縁体表面がスパーク、アーク等による発熱を受けて局部的にグラファイト化して絶縁性を失い導体化する(トラッキング現象)と、その部分に電流が流れて高熱が発生し隣接部分もこれを受けてグラファイト化し、これが次々と伝わつてついに全体に燃え上がる現象であり、同現象の発生については次の条件等があることが認められる。

(1) 第一次的にグラファイト化するためには、高温アーク(たとえば二〇〇〇度C)の場合は短時間これにさらされるだけで可能であるが、スパークの場合は(相当高温ではあるが)これに絶縁体表面が繰り返しさらされる必要があり、それ以外の四〇〇ないし五〇〇度C程度の熱では相当長時間の受熱が必要である。

(2) 発火に至るためには、第一次的な絶縁体表面のグラファイト化(トラッキング現象)では足りず、さらにグラファイト化の拡大が必要である。

(3) (1)(2)のようにしてグラファイト化した部分は電流が流れると極めて高温になるから、電気コードにおいては、心線に電流が流れて発生するジュール熱により被覆が発火する場合よりも少ない電流量で発火しうる。

(4) 同現象は木材、ベークライト、クロロプレンゴムコード及びポリ塩化ビニルコード等で発生しうるが、後二者の用いられる家庭用電熱器具等で生じる確率は低い。

(5) 本件配線において仮に金原現象が生じた場合には、短絡を発生させ、しかもヒューズを溶断させない程度の電流で発火する可能性がある。

(二)  本件配線における金原現象の可能性

(1) 〈証拠〉によれば、家庭用電熱器等のコードに金原現象が発生するためには、コードが四八〇度C以上の温度で異常加熱されることが必要であり、これを惹起しうる原因としては、

(ア) 被覆内の心線が屈伸の繰り返しによつて切れ、その両端が度々着いたり離れたりする場合に生ずるスパーク、

(イ) 被覆内の心線の大部分が(ア)と同様に切れてわずかに数本残つている場合の通電による過大なジュール熱の発生、

(ウ) コードが、電熱器の発熱部に接する等、コード以外の発熱部から熱を受けること

の三つが考えられることが認められる。

しかし、本件配線については、前記4(三)(4)認定の配索工程及び別紙2の配索位置からすれば、多数回の屈伸を繰り返すことはないであろうから、被覆内の心線の全部又は大部分が切断する可能性は極めて小さいと言えるうえに、仮にこれらが生じたとしてもルームランプ回路成立時の0.5アンペアの電流によつて前記異常加熱が生じることは極めて困難であると考えられるから、右(ア)、(イ)の可能性はほぼ否定してよい。また右(ウ)は本件配線では当然生じえない。

したがつて、通常の場合、本件配線で金原現象が発生する可能性はないと言える。

(2) 次に前記4(三)(5)(6)のように被覆材及びビニルプロテクターが損傷して心線の一部が露出した場合の金原現象の可能性について検討する。

(ア) 金原現象発生の経過としては、心線の露出部分においてボディーショートまたは二線間ショートが発生し、その際のスパークまたはアーク等による発熱の結果、ショート部位に隣接する被覆材やビニルプロテクターがグラファイト化し、次に右のグラファイト化した部分でボディーまたは二線間ショートが起こり短絡電流が流れて高熱を発し、グラファイト化が拡大し発火に至ることが考えられる。

(イ) このうちスパークによるグラファイト化は、前記4(五)のとおり多数回スパークが繰り返される可能性自体が高くないから、グラファイト化まで至ることは少ないと言える。

(ウ) アークによるグラファイト化については、本件配線の電圧が一二ボルトであるからアークが生じうるかにつき疑問もあるが、仮にこれが生じた場合は、ヒューズが溶断するに至らない程度の短時間でもグラファイト化は生じうる。

(エ) しかし金原現象が発生するためには前記(一)(2)のように第一次的なグラファイト化部分を通じてさらにボディーショートまたは二線間ショートが繰り返される必要がある。ところが、ボディーショートについては、被覆材とビニルプロテクターの両方がグラファイト化し、かつ、電流がその両者を通過しうるようになるのは困難と考えられる。また二線間ショートについても、陰陽両極線間の絶縁体がグラファイト化していればルームランプ回路成立のたびに二線間ショートが生じルームランプの点灯に異常が生ずるはずであるが、原告健吾本人尋問の結果によれば、本件火災以前にそのような異常はなかつたことが認められるから、本件配線においてその可能性は低い。

(オ) 以上によれば、仮に心線の一部の露出があつたとしても金原現象に至る可能性は低く、まして右露出の可能性が前記のとおり低いことを考慮すれば、同現象発生の可能性は極めて低いと言える。

(3) なお〈証拠〉によれば、実験において、グラファイト化したベークライトに一二ボルトの電圧を加えた結果、六ないし七アンペアの電流でアークが生じたことが認められるが、右事実はグラファイト化後のグラファイト部分の高熱化を示すものにすぎず、グラファイト化自体に関する事実ではないから、右(1)及び(2)の認定判断を左右するものではない。

7  同種事例の有無

(一)  〈証拠〉によれば、被告は本件車両と同種車両(ダットサン・トラック五二一型)を昭和四三年四月の製造開始より昭和四七年六月までの間に約六八万台製造販売したこと及びこれまでに被告に対し同種車両についてルームランプ配線の損傷等の報告は一件もないことが認められる。

(二)  他車種の類似例として、証人宮前は、被告製造の日産チェリーセダンにおいて昭和四五年前後にルームランプ配線がフロントピラー内サンバイザー取付基部附近でショートした例が存在する旨証言するが、証人佐々井の証言により認められる右車種のサンバイザー取付位置はフロントルーフレール側である事実及び証人宮前も右例を直接現認してはいないと供述していることに照らせば、同証人の右証言は採用できない。

また、証人北原義胤は、大型トラックのバッテリー附近の配線が発煙及び発火した例並びにテールランプ配線がショートしてバッテリーが上がつた例があつたと証言するが、右各例はいずれも本件においては自動車の電気系統において短絡または発火が生じうることを一般的に示唆するにとどまり、原告の主張を補強する有力な事実とは言えない。そして、他に類似例を認めるに足りる証拠はない。

8  総括

以上3ないし7で認定判断したとおり、本件火災による焼損状況等から判断した場合においても本件配線から発火したことを推認するに足りる証拠はなく、また、本件車両の構造・電気回路から本件配線発火の可能性を判断した場合においても、本件配線に短絡の原因となる損傷・劣化の生じる可能性、右損傷・劣化が生じた場合に短絡回路が成立する可能性、右回路成立により短絡が生じた場合に本件配線が発火する可能性及び金原現象により本件配線が発火する可能性はいずれも低く、更に本件配線から発火した他の事例も認められないから、結局、本件火災が本件配線の発火により発生したことを認めるに足りる証拠はなしと言わざるをえない。

もつとも、〈証拠〉によれば、前記2(二)の範囲内で発火する原因としては、本件配線の発火以外には人為的着火を考えうるのみであることが認められるところ、本件車両の外部からの点火物の投入をうかがわせる証拠はなく、また〈証拠〉によれば、本件火災後、本件車両内には二個のマッチ箱が残存していたが、二個とも健一郎または瑞枝が手を触れたとは考え難い位置にあつたことが認められるから、本件火災が人為的着火により発生した可能性もまた低いと考えられる。しかしながら、前記認定判断を前提として本件配線の発火の可能性と人為的着火の可能性を比較すると前者が大であるということはできず、また他に有力な原因が判明しないからといつて、前記のとおり極めて可能性の低い本件配線の発火が本件火災の原因であると認めることができないことは言うまでもない。

したがつて、請求の原因3の事実はこれを認めるに足りる証拠がないことに帰する。

四被告の責任について

1  請求原因4のうち本件火災原因が同3のとおりであることを前提とする(二)(1)(2)(3)及び(5)は失当である。

2  同4(二)(4)(室内内装材の耐火性不足)について

(一) 本件火災原因が仮に人為的着火であつたとしても、前記二の3のとおり本件火災は発火後短時間(三分ないし五分以内)に発見され、健一郎及び瑞枝は救出されているから、本件車両の内装材の耐火性が十分であつた場合には、同人らは死亡するに至らなかつたと認められる。そして〈証拠〉によれば、米国においては自動車の内装材の燃焼速度基準を毎分四インチ以下とする連邦自動車安全基準(FMVSS)第三〇二号が一九七二年九月より実施(基準案の公示は一九六九年一二月)されたこと及び右基準は自動車室内での発火の際けがをする前に運転者が車を止め乗員が車から離れられるよう十分な時間的余裕を持たせることを目標とするものであることが認められ、前記本件火災の発見状況に照らせば本件車両において少なくとも右基準に合致する燃焼速度毎分四インチ以下程度の内装材が用いられていれば、亡健一郎らの死亡の結果は回避できたとも考えられる。

(二)  しかしながら、FMVSS第三〇二号も一九六九年(昭和四四年)一二月に公示され、一九七二年(昭和四七年)九月に実施されたものであり、〈証拠〉によれば、日本においては、本件火災後の昭和四七年九月七日付運輸技術審議会の運輸大臣への答申「自動車の安全確保及び公害防止のための技術的方策について」において初めて公式に内装材の難燃性が問題にされ、その後研究開発が推進されたこと及び本件車両製造当時民間でもこれに関する基準はなかつたことが認められる一方、本件全証拠によつても右当時までに日本において内装材の燃焼速度を毎分四インチ以下にすべきか否かについて問題とされた事実は認められない。

したがつて、本件車両製造当時被告において本件車両の内装材を燃焼速度毎分四インチ以下のものにすべき注意義務があつたとは言えず、被告においてこれを行わなかつたことにより責任を負うことはない。

五よつて原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(野田宏 鈴木健太 半田靖史)

別紙1、2、3の1〜3の3、4〈省略〉

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